人間はペルソナ(仮面)をいくつも持っている

 

こんにちは。美術オタクのゴリアテと申します!

 

 

新しくカテゴリーを作ってみました!

題して
「絵のテーマ・題材に困ったときは」

 

私、美術だけでなく倫理や哲学というジャンルも好きで、
個人的に調べたりするんですけども、
あのジャンル、様々な思想が存在していて楽しいんですよ。

絵の題材にするにはピッタリの考え方もたくさんありますし、私の作品や考え方にも強く影響しているんですよね。

 

 

 

ということでこの記事を筆頭にぼちぼち…
困ったときの絵の題材になりそうなものを紹介していこう!というわけです。

ああ、被るとかパクリになるとかは心配しないで良いですよ。

人によって解釈は異なるものなので誰かと共通のものをテーマにしたとて「同じもの」ではありませんからね。




おもしろいことに、同じテーマで作品を作ったとしても
構図、色づかい、見方等の表れ方は作り手によって変わってくるんですよ。
うん、おもしろいことにね。

 

 

 

 

では今回のお話、いってみましょう!

 

 

人間が使い分けてる「仮面」の存在

 

 

今回お話しするのはペルソナについて。
題材にはなっているでしょうが、ゲームソフトのほうのペルソナとは違いますよ。

 

「ペルソナ」の意味

 

 

「ペルソナ」はもともとは舞台俳優などが着ける
仮面という意味の単語です。

 

これを語り出したのはユングというスイスの精神科医で、

ひとことで言うなら
「人間は自己の外的側面を使い分けている」って話です。

 

自己の外的側面とは俗に言う「外面(そとづら)」というやつで、
人って状況、環境、役割、関わる人に合わせて適応しようとしますよね。

 

 

たとえば、母の前では息子としての自分を振る舞い、学校の先生には生徒としての顔、コンビニ店員にはただの一般人としての顔…

もっと細かく具体的に言えば、
お小遣いをくれそうな機嫌のよい母には愛想の良い可愛い子供を演じ、言うことを聞かない弟には怖くて威厳のある兄のように見せたり…


といったふうに、人によって態度や声色、話し方、時によっては人格までも使い分けることがあると思います。



いわば状況状況に合わせた役柄を演じているという考え方です。

ペルソナを使い分けることは別に特別なことではなくて、みな持っているもの。
身近なものですね。

 

 

 

さて、ユングが問題視したのはここからでして…

仮面がぶ厚くなるあまり、自分を見失ってしまうこと。

 

 

 

ぶ厚くなった仮面の末路

 

それぞれ自分が使い分けているペルソナを自覚できていないと
親の前での顔を友達にしてしまったり、異様に威圧的な態度になってしまったりと
正しいペルソナの使い分けができないことに…

 

そうして本当の自分がわからなくなってしまう現象が起こるわけです。

話してると急に豹変する人いるじゃないですか、あれもペルソナの使い分けに不具合が起こってるんだと思います。

 

 

背伸びしすぎず、無理にならない

自分に合ったペルソナを身に着け、使い分けることが大切だとユングは言っています。

 

 

 

 

 

さて、いかがだったでしょうか。

これからもこのカテゴリーに追加していこうと思いますので、
作品の題材決めで何かインスピレーションが欲しいときにでも覗いてみてください。

 

 

 
あなたの作品の手助けになることを願います。

 

 

 

では今回はこの辺で!
よきアートライフを!

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