あれに気がついたのは6歳くらいだっただろうか
気づけば私には膜が張っていた
夜の8時頃、母が保育園に最後まで残っていた私を迎えに来て車に乗り込むところだった

ふと空を見た
快晴で、星がよく見えて、冬の大三角を確認できたのを覚えている
そのとき、前の夜に父がつけっぱなしで寝ていた「東京タワー」という映画の記憶が過ぎった
お婆ちゃんが病室のベッドの上でもがきながら息を引き取るシーン
「人は歳をとったら死んじゃうんだな」
建物に少し隠れたオリオン座の三ツ星を見ながらそう思った
すると急に「死」への恐怖が私を襲った
「ぜんぶ無くなるのかな?」
「大好きなものぜんぶわからなくなっちゃうのかな?」
「生まれ変わるなんてできるのかな?」
6歳児、そんなことを考えたのは初めてで、最初の一瞬は「死」というものに恐怖を感じた
しかし、私はそれよりもただ「無」になることがひたすら怖かった
「人が死んだら何も無い空間に、自分が何かもわからないまま何も感じられないまま放り出される」
それを考えただけで足がすくんだ
それは数秒ほどの頭の中の出来事で、母にはやく車に乗るよう急かされた
「今日はハンバーグだよ」
と言われた
好きな食べ物だったが、その時は「無になったらハンバーグの味もわからないし、思い出せないんだろうな」と悲しくなることしかできなかった
あれ?
ここで違和感に気づく
違和感といっても、今までずっとあったものが気になるようになったというニュアンスだ

私に膜が張っている
直感でそう感じた
今見ている視界を映画館のようなスクリーン越しに私の中にいる本当の私が見ているといった感覚も近い
モヤッとして自分の頭を叩いた
「…………」
痛みは確かに感じるのだが膜越しの痛みな気がして、今見ているものも聴いているものも心にはいまいち響かないような、とにかく鈍かった
今思えば心と五感の接続が少し上手くいってないのかもしれない
その夜、家ではハンバーグのデミグラスソースの味を感じながらうわの空になった

…
数年経っても膜は破れなかった
しかし中学生になった頃、膜もスクリーンも貫き、心にダイレクトに届くものに出会うことになる
それは中学の美術の先生が引率で行った
草間彌生展だった
色とりどりの作品たち、毒々しいドローイング、そういったものが並ぶ空間がとてつもなく心地よく感じた
私はそのとき、初めて正真正銘に美術に魅せられたのだ
言い換えるならそう、
美術に恋をしたのかもしれない
「美術」をもっと知りたい
私は草間彌生の空間で、強くそう思った
今日はちょっと自分の話をしましたね
私はあれから今まで数年の間、ずっと美術を追求しその度に魅せられています
もちろんこれからも追求し続け、その魅力を発信していくつもりです
皆さんにもお付き合いいただけたらと思います
今でもあの膜が張ったような感覚はありますが、美術に触れていくにつれ少しずつ薄くなっているような気がします
※高校一年生でやっと「ほかの人には膜がない」と気付きました。なんせ物心ついた時からだったので、人間はみんなこういう感覚を持っているものだと認識してたんです。調べてみると「離人症」の症状に当てはまるようですが、生活に支障はないので病院にかかるつもりもありません。
私はこの膜の外側にゆっくりと接近しつつ、
私はこれからも美術というフィールドの探索を続けていく所存です
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