小説を読んで育ってない二十歳がフランツ・カフカの『変身』を読んだ感想

 

 

こんにちは。ゴリアテと申します。

 

 

普段美術を齧っている私ですが、
視野や作品の幅を広げるべく、高校時代に買ってずっと読もう読もうとしていた本をこないだ発掘しまして、読み終えて感情が高ぶったゆえここに感想を書こうとしている次第であります。

 

まずは他の人の感想を漁って共感しこの感情を放出したいところですが、

それより前に純粋に自分の解釈・感想を書き綴っておきたいなと思ったのでね。

 

 

 

 

私が触れたのはこちらの文庫本で、電車等の移動時間を利用して読みました。

 

中身はというと、哲学者の作品を日本語で翻訳したからか
結構まわりくどい表現が多く、ちょっとした出来事を主人公の心情も共に長く細かく描いていて丁寧に読めた作品でした。

「こ、これが文学なんだ…」とインスピレーションを受け取った場面がところどころもありましたね。
普段の私は絵画や彫刻などの視覚芸術に触れることは多いのですが、文学は国語の授業くらいでしか触れてこなかったのでなかなか新鮮な気持ちで読むことができました!…内容はねっとりしてたが。

 

 

では、ここからはネタバレなしのあらすじをについて私なりに書いていきます。

 

 

 

 

あらすじ

 

主人公はグレーゴル・ザムザという名前の
ブラックな外交販売員の仕事をしていて、仕事柄住み着くことがないため友達ができません。
故に家族と一緒に住んでいる家を空けていることも多い。

 

 

 

そんなグレーゴル
家族構成は父・母・妹グレーゴルを合わせて4人。
唯一働いているグレーゴルが、家族をどっぷり養っている状態です。
グレーゴルは仕事の厳しさと上司に対しては不満に思っていたものの、家族に対しては優しく愛情深いようすでした。
結構なキーパーソンになるのがグレーテ
17歳で、兄に特別な感情を抱いているヴァイオリンが趣味で控え目だが賢くしっかり者の少女です。

 

 

 

 

物語はたまたま家に帰っていたグレーゴルの部屋から幕を開けます…

 

 

 

 

~『変身』あらすじ~

実家で睡眠をとっていたグレーゴルが目を覚ますと、身体が巨大な虫に変わっていた。その日は仕事で朝5時の汽車に乗らなければならなかったが、目が覚めたのは6時半、グレーゴルはいつもは滅多に寝坊なんかしないのにどうしてかその日は起きることができなかった。家族の心配する声がかかるも、自室の部屋にはすべて鍵をかける習慣があったためグレーゴルは変わりはてた姿を見せずごまかすことができた。仕事や生活の愚痴を悶々と考える一方でどうやったら無事に仕事に向かえるか考えるグレーゴル。しかしそこに支配人(上司)が訪問する…

 

 

 

はい、ここから話がスタートします。
一見コミカルに感じるかもしれませんが、後半に連れてなんともジメジメした話でした。

全体的にそこまで長い話ではなかったので手軽に読める方なのかなと思っております。

 

 

 

どんな虫になっていた?

 

私自身本を読む際は頭の中で映像をつくるため、気になって気になって…
これをずっと追っていたんですが、作中には

  • お腹がやわらかい。
  • 背中はちょっと硬い。
  • 赤褐色の虫
  • 胴体に比べ脚が細くたくさんある

  

これくらいの表記しかなく、虫の種類を断定する描写はなかったんですよね。
個人的に私は気になっていた点なんですけども、ふつうは見ただけでゾワッと嫌悪感を感じる虫ということだけははっきりわかりました。

 

 

私は終始ムカデを想像していましたね。

 

あのムカデの特徴的な触覚の描写がなかったのは気になってたけど。
虫のモデルをご存知の方はぜひ教えていただきたいです。

 

 

 

 

※ここからはネタバレ注意!※

 

 

ここからは『変身』を完読前提でお話しします。

 

 

 

 

 

読み終えて抱えた感想

 

 

ひとことで言うなら虚無

大きな虚無を感じた作品でした。

 

 

家族全員をたった一人で養っていて、家族のために嫌な仕事にも文句を言わず真面目に取り組んでいたグレーゴル。

それに音楽好きの妹のために音楽学校へ行かせる資金をこっそり貯めていたような誠実で健気な青年です。

自分のためでなく、家族のために働いている。
逆を言えば、養う家族さえいなければ既に結婚して自分の家庭を持ち、好きな仕事をして幸せに暮らしていたのかもしれない。

 

 

 

「虫の存在」から解放された家族の
グレーゴルのいないハッピーエンド。

家族愛とはかけ離れた作品ですよね。
グレーゴルは穏やかに静かに息を引き取りましたが、それによって解放され以来晴れ晴れと暮らすグレーゴルの家族たちにどんな感情を抱きましたか?

 

 
ただの一読者として読み終えた直後は、こんな終わり方するならいっそのこと虫になったことに気づいてからすぐ一思いに…
と過激に考えていました。そのほうがここまでねっとりと引きずらずに、「あーあ。」という単純な感想のまま読み終えることができたのになと。

 

 

 

頭の中で引っかかってとれないような。

 

短い話でもあるが、「虚無」の一言で終わらすにはなんとももったいない。
フクザツな感情になる。かと言って胸糞というには上品なような。

 

 

どうも私には言葉で上手く表現できません。

 

文学という形ではどう評価されているのかは知りませんが、こう言った形で感情の動きを与えるアート作品だなと感じました。

 

 

 

 

なんで虫になった?

 

何かに変身するといえば、高校の国語の授業に出てきた山月記を思い出します。
あれはプライドの高い李徴が発狂して虎になったんだったか…

 

 

結局、どうして虫になったのかは明かされないまま終わりましたね。
魔法のようなことで虫に変身したのか…
はたまたグレーゴルが発狂して自分を虫だと思い込んだのか…

おそらくそこについてはっきり語らないのはカフカの表現したい主軸と離れてしまうからでしょう。

 

 

 

 

この『変身』という作品は、

 

虫になる話というより虫になる前となった後の対比話

 

 

読み終えた直後に感じるこの虚無は

一人間が生きてることに何か意味があるのだろうか?
自分以外の何かのために生きるべきだと思うか?


と読者に問いかけてるような気がします。

 

 

 

 

グレーゴルにとっての家族

 

 

結局どうしてグレーゴルが虫になったのかはわかりませんが、
私の考察だと

家族にとっての虫の存在
虫になる前のグレーゴルにとっての家族の存在

この2つは対比されていたように感じました。

 

 

 

 

自分以外のために仕事をして、くたくたになって帰ってみるとそいつが退屈そうに呑気に生活している。

 

 

グレーゴルは例のごとく心から真面目な性格なので、自覚はしていなかったのでしょう。
しかし、客観的に見るとグレーゴルが幸せになるためにはあの家族たちは明らかに邪魔な存在です。

 

 
グレーゴルが自分の仕事のことを悪く言ってたのも、家族さえいなければ違ったかもしれません。

もっと言えばグレーゴルは「家族さえいなければ辞表をたたきつけてやるのに」「家族がいるから仕方なく」とははっきり言っていたので家族がいなければそれなりに仕事を楽しめていた可能性だってあります。

 

 

 

 

 

 

しかしラストでは、
グレーゴルにとって虫のような存在だった家族が、一度虫から解放されることによって良い方向に向かっていく。

 

 

グレーゴルって何のために存在していたんでしょうね。

 

そう考えると、

なんとも皮肉な話ですね。

 

 

恩があり仕方なく文句も言わず面倒を見ているものの、いざそいつが消えると思いきりは喜べないが肩は一気に降りる。

これを丁寧にしっとりと表現した作品かのように感じました。

 

 

グレーゴルも、家族が急死したら同じような結末になっていたんじゃないかな。

 

重荷に耐えきれなかったグレーゴルが変身した話だったのか。
グレーゴルの気が狂ったことによって変身した家族の話だったのか。

この題名はどの意味での変身なんだろう。

 

 

 

 

 

以上!二十歳が初見でカフカの『変身』読んだ感想でした!

ここまで読んでいただきありがとうございました。

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