絵は自由に見ていいんだよ。って話

絵を描いてるんですよ〜と言うとよく

「へー、上手いんだ?」

と言われる。

 

その度に「絵の見方って上手さだけではないんですよ」と説明する。 

 

 

それをお伝えすると

美術ってもっとお堅いと思ってた!

気が楽になった

とコメントを貰えるので私自身も嬉しいのです。

 

今回は美術を楽しむうえでの導入として、

絵ってどうやって見たらいいの?って話をしていきます。

 

 

 

この話は、このブログ全体を通して伝えたいことの一つでもあります…

大前提:見える通りには描けない

まず、知っててほしいのが、絵というものの前提に「見える通りには描けない」があるということ。

 

 

「待って、どういうこと?」

「リアルな絵ってあるじゃん!」

はい、リアルな絵というものは存在しています

 

しかし、それもすべて見る人によっては「リアルじゃない」になり得てしまうのです。

目に見えているものをそっくりそのままに描いたつもりでも、「ここってもっとこうじゃない?」と違和感を感じる人も現れますし、多くの人に「リアルだ!」と言われても形が崩れたヘンテコな絵の方がリアルに見える人もいます。

 

 

絵は所詮、一つの物体に過ぎないのですよ

そう考えると、リラックスして絵を見れるような気がしてきませんか?

 

リンゴを見る人々

一つのリンゴを見るのにも人の数だけ見方が存在する

それは絵も同じなのです。

このリンゴと同じでいいんです。

どれだけ同じものを見ようと頑張っても、自らの時代、民族、風土に影響されている部分が多いものなのです

 

にわとりの鳴き声だって国によって変わっちゃうし…

地球上には70億以上の人間がいて、それだけたくさんの見方が存在するのに、全員に全く同じものを見せようとするのって実はかなり無謀なことなんですよね。

 

絵は極限まで自由に見ていい

絵の中でくつろぐ人々

故に、絵は極限まで自由に見ていいんです

一つの見方に絞る必要がないんです

 

例えば、あなたが一つの絵を見て一言だけ「綺麗だな」と思ったとしましょう。

そして一緒に見た友達が「この絵はこういうところがグロテスクで結構残酷だね!」と全く自分と違う感想を言ってきたとしましょう。

そこで「友達がこう見たからそうなんだ…」と無理やり自分の気持ちを塗り替えるのはもったいないというものです。

 

あなたが「綺麗だな」と一言そう思えば立派な感想ですし、何も思わなかったとしても「あなたにとって感想を持つに値しなかった絵」ということになるのです。

 

 

え?そんなことを思うのはおこがましくないかですって?

そんなことはありません!

だって心の中で感想を持つだけですからね。

 

心の中は本来リラックス空間!おこがましいなんて思う隙間はありませんよ!

 

絵画それぞれに描き手の思いや経緯があったとしても、見る側がそう思えばそうなのです。

寧ろ、そのすれ違いが描き手にとっての楽しみの一つでもあります。

 

実際に話を聞いて

「そんな見方をする人がいるんだ!」

「そういう見方もあったのか!」

「感想が持てなかっただと!?この人に刺さる絵はどんなものなんだろう!」

と新たな発見ばかりに出会えたりします。

 

 

もちろん人間社会なので節度や公共の福祉は守った上での話にはなりますが、人を傷つけず、自分が思うだけならひとつの絵に何を思ったって個人の自由なわけです

どうかこういった視点で美術鑑賞をなさってみてください!

その中で運命を感じるような絵と出会ってくださればじゅうぶんなのです。

 

是非、美術館に足を運んでみて感想をもてる作品や「この絵好き!」といった運命の出会いをしてみてくださいね

 

 

 

このように、私は絵へ抵抗堅さを感じる方の壁が少しでも崩せられればいいなと、そう思いながら美術関連の記事を書き続けています

興味があれば他の記事も見ていただけると嬉しいです。

 

 

気楽に美術を楽しむ人がもっと増えるといいなぁ…

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